夜桜と琵琶湖疏水

政変の表舞台を見守る『三井寺』の春

桜に覆われた坂道

まずは仁王門。満開の桜が出迎えてくれます。三井寺は一般的な呼称のようで,正しくは園城寺。天台寺門宗の総本山です。 

桜と三井寺の仁王門

平清盛の弟忠度が、「平家物語」で詠んだ歌があります。

さざなみや  志賀の 都はあれにしを  昔ながらの山桜かな

かつて、大津京があったあたりの桜を詠んだといわれています。 大津京はわずか五年で滅び、時代が変わり500年の時をへて、 忠度は荒れ果てた大津京の姿をまのあたりにし、栄枯盛衰を感じこの歌を詠んだでしょう。

三井寺はその政変の表舞台を凝視つづけてきました。大津京に遷都した天智天皇没後、長子の大友皇子(弘文天皇)を擁する近江朝廷に対して、 その弟大海人皇子(天武天皇)が反乱を起こし、激しい戦の後、大友皇子は敗れ、かつて境内の一郭であった長等山崎において自害しました。 世に言う壬申の乱です。三井寺は天智天皇の一族や壬申の乱で敗死した人々の菩提を弔うため、建立されたといわれています。

桜と三重塔と釈迦寺

仁王門を入って、右手には釈迦堂があります。現在の建物は室町時代に建立されたもので、国の重要文化財です。

桜と釈迦寺

三重塔は、奈良県の寺から豊臣秀吉が伏見城に移築し、更に徳川家康がこちらに移築寄付されたそうです。

三井寺の三重塔と桜

「近江八景」に描かれた「三井の晩鐘」が有名で、日本三銘鐘のひとつにも数えられています。日本三名鐘のうち、今も昔も変わらぬ鐘の音を聞くことができるのは三井の晩鐘だけで、三井寺の鐘は毎日夕刻に撞かれ、美しい音色を周囲に響かせています。

ライトアップされた三井の晩鐘

三井寺の観音堂の北側に建つ小さなお堂が、毘沙門堂です。横幅2.88mの方形の建物は、禅宗様でありながら、各部に極彩色を用いており、桃山建築の雰囲気が色濃く残されています。仏壇上厨子に木造毘沙門天像を安置するので、毘沙門堂の名があります。

三井寺の毘沙門堂

三井寺は、万葉の時代から桜の名所として親しまれてきました。びわ湖南西の長等山中腹に位置し、びわ湖を眼下に望みながらお花見が楽しめます。35万坪に及ぶ広大な境内には1300本を越える桜が咲き誇り、ソメイヨシノや山桜、しだれ桜が鮮やかにライトアップされます。多くの国宝や重要文化財を鑑賞しながら、花の三井寺での春の散策は、訪れた人々の心を癒します。

ライトアップされた桜に覆われた坂道

琵琶湖疏水を包む桜並木

夜桜と琵琶湖疏水

琵琶湖疏水の着工は、1885年です。東京への首都移転によって、活気がなくなった京都完成後、水運業を始め、日本初の水力発電(事業用)などに活用され、京都の近代化に大きく寄与しました。京都へと琵琶湖の水を運ぶ琵琶湖疏水は、明治時代に当時の最高の土木技術を駆使し造営された運河です。

春の桜の見頃は、4月上旬頃~4月中旬頃です。水路の両岸に、約500本の桜並木が立ち並び、桜の幹の下から1本1本ライトアップされ、夜空に浮かびあがる桜が幻想的な風景を作り出します。

琵琶湖疏水と夜桜
夜桜に覆われた坂道を歩く人
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