ライトアップされた壺阪寺の桜大仏と石仏群

歴史の宝庫高取町に佇む壷阪寺(つぼさかでら)の「桜大仏」

高取町は、古代より飛鳥から吉野や紀伊に通じる道の途上にあたり、重要な場所として発展してきました。山の中には、五百羅漢と呼ばれる多数の仏像が、大きな石に刻まれており、信仰の場でもありました。

歴史の宝庫、高取町に壷阪寺があります。 壺阪山駅で下車し、タクシーで約10分の山道を登ります。

壷阪寺の創建は大宝3年(703年)で、清少納言の『枕草子』のなかで「寺は壺坂。笠置(かさぎ)。法輪(ほうりん)」と綴られているように、平安時代には多くの貴族の尊崇(そんすう)を受けたお寺でした。今では、眼病封じの寺として有名なお寺で、盲目の夫・澤市とその妻・お里の夫婦愛を描いた人形浄瑠璃『壺坂霊験記』の舞台でもあります。

同寺では平成15年の開基1300年を記念し、境内に約200本のソメイヨシノなどを植樹されました。

境内の桜は満開で、平成19年(2007)に開眼した大釈迦如来石像周辺に植えられた桜が咲き誇り、鎮座する大仏様を包んでいました。見事な「桜大仏」です。台座もふくめると、その像高は15メートルにおよびます。

インド渡来の巨大大仏が点在する壷阪寺

敷地内にはエキゾチックなインド風石像が溢れ、日本にいるとは思えないほどインドテイストを感じます。お釈迦様の誕生から涅槃に入られるまでを描かれた、巨大な仏伝図レリーフもありました。

本体の彫刻はインドの石工たちの技術とセンスを、ありのまま伝えるために、一切の修正を加えないまま組み立てられています。これぞまさに、リアルな仏教伝来といえます。

背後には、国の重要文化財に指定されている三重塔や禮堂(れいどう)、本堂に当たる八角円堂などが、桜に浮かぶ光景も楽しめました。インドと日本、近代と前近代の建造物が何の違和感もなく共存しているのは、壷阪寺ならではの特色であるといえるでしょう。

境内には、巨大な天竺渡来大観音石像が桜と山の緑を背景に孤立しています。壷阪寺は、昭和39年(1964年)からインドで、ハンセン病患者の救済活動をおこなっており、その活動が取り持つ縁で、そこから大観音石像が招来されたのです。

像高は約20メートルにもなります。大観音石像は3億年前の古石で、のべ7万人ものインドの石工職人が携わり造られました。もちろんこのままインドから運ぶことができないため、66個に分割し、この地でパズルのように組み立てられました。全重量1200トンの圧巻のお姿を拝すると、壷阪寺の慈善活動に対して、インドの人々がいかに深く感謝をしてきたかがうかがえます。

そして大観音像の視線の先には、同じくインドにおける国際交流・石彫事業の一環として製作された、全長8mの釈迦涅槃像が横たわっています。壷阪寺の国際慈善活動は、大観音石像の招来以降も継続して展開されています。

壷阪寺の「桜大仏」のライトアップ

陽が落ち、夕闇にせまる頃、壺阪寺では今年初めてとなる夜桜拝観が行われました。幽玄の光に包まれ、堂塔伽藍や大石仏群の数々が闇夜に浮き上がります。

日中の春の暖かな空気が、ひんやりと凛とした空気に変わりました。静まり返った、崇高な世界です。なんとも言えない風情の中、夜の散歩を楽しむことができました。

壷阪寺では桜が終われば、山吹が開花し、5月の連休にはつつじが見頃になるといいます。季節により表情を変える 壷阪寺を思い浮かべながら、桜大仏に見送られ、幻想空間を後にしました。

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