奈良井宿の街並み

「妻籠宿」江戸時代の風情を現代に残す

飛行機や車など無かった江戸時代、参勤交代などで江戸と各地を往来するには徒歩や馬で移動するしかありませんでした。新幹線であれば東京から京都は約2時間で移動できますが、徒歩で移動していた当時は江戸の日本橋から京都の三条大橋まで約2週間必要だったそうです。

徒歩や馬での長旅では途中で休憩や宿泊を挟む必要があり、江戸と各地を結ぶ街道沿いには一定区間ごとに宿場が建てられ、それに合わせて数々のお店が集まるようになり「宿場町」として発展していきました。

江戸と各地を結ぶ街道と言えば、江戸の日本橋を起点に伸びる東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の「五街道」が有名ですが、今回は江戸時代の面影が今でも残っている中山道(京と江戸を結ぶ)の宿場町を訪れました。中山道は木曽を通るので「木曽路」とも呼ばれ、参勤交代や大名や皇族のお輿入れにも盛んに利用されました。

“なにげなく通り過ぎる石畳の道も、石のくぼみを見つめれば、はるか昔、幾人もの旅人が踏みしめた温もりを感じます。旅籠の古びた柱や囲炉裏で煤けた天井も、静かに眺めていれば、その枯れた木肌のあちこちに、江戸の香りや笑い声、人々の姿が染みついていることに気づきます。そしてふとした出会い、交わす言葉の端々に山里の温もりを感じます。”

木曽地域観光サイト内の印象的な一節を、実際に歩いてみると実感できます。

42番目の宿場である妻籠宿は、江戸時代の風情漂う街並みが残ります。木曽谷の西南端部、中山道と伊那街道の分岐点として繁栄した宿場町です。日本で初めて町並み保存に取り組んだ場所としても知られ、岐阜県の白川郷や京都の祇園などとともに、最初の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

古い町並みはおよそ1㎞ほどですが、隣接する馬籠宿までの約8㎞の道も、見どころたっぷりのハイキングコースとして人気です。

「馬籠宿」島崎藤村生誕の地を歩く

中山道43番目の宿場、「馬籠宿」は石畳が敷き詰められた急勾配の坂道沿いに位置する宿場町。「木曾路はすべて山の中である」と書いた文豪・島崎藤村の生誕の地でもあり、藤村ゆかりの見どころも多くあります。

木曽路にある11ヶ所の宿場町の中で最南端に位置する馬籠宿は石畳の敷かれた約600メートルの坂道に沿って民家や茶屋、宿などが並ぶ宿場町です。

「奈良井宿」侍が歩いてた古道

中山道34番目の宿場町、江戸と京都を結ぶ中山道の、ちょうど真ん中に位置する奈良井宿。奈良井川に沿って約1kmに渡り江戸時代の面影を色濃く残す街並みが続きます。

通り沿いに南北約1km、東西約200mにわたって上町、中町、下町の3街区が広がる日本最長の宿場町です。旅籠や造り酒屋、千本格子の家々が軒を連ね、その賑わいは「奈良井千軒」と呼ばれるほどでした。

多くの欧米の旅行者が、中山道を旅されていました。イギリスの有名な女優ジョアンナ・ラムレイ「侍が歩いてた古道」として、中山道をテレビ番組紹介し、世界的に大ヒットし、知れ渡りました。実際に人が住み生活することでその独特の情緒を保ち続ける木曽路の宿場町。世界の旅人を惹きつける自然、歴史、暮らし。木曽の人々が残してきた日本の誇りです。

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