松島の日の出と白木蓮と桜

松島の西行戻しの松公園の絶景カフェ「le Roman ル・ロマン」

松島海岸駅の南脇から北西に伸びる県道144号線の少々きつい坂道を登っていくと、「西行戻しの松公園」があります。

260本余りの桜がある桜の名所で、西行法師が諸国行脚の折り、松の大木の下で童子(老翁との説も)と禅問答をして敗れ、松島詣でを諦めたという由来の地でもあります。

白衣観音がある展望台からの眺めは、桜並木と松島湾の調和が美しく、さらに満開に咲いた白木蓮が彩りを添えます。

松島の洗練された風景が、額に入れた名画のように納まり、静けさを際立てます。

公園内に、ガラス張りの見晴らしの良いカフェがありました。海岸沿いの松華堂菓子店が運営しているカフェ 「le Roma ル・ロマン」です。

建物の被災によって閉鎖となり、惜しむ声があがっていました。「カフェ・ロワン」が「ル・ロマン」として、損傷した建物を新たにして再スタートを切ったのが、2015年10月です。

開放的でスタイリッシュな内装のカフェですが、観光客の方々に限らず、普段使いのカフェとして地元の方々に引き続き愛されているようです。平日でも、多くの人が訪れていました。

珈琲の香りはすばらしく、手作りのチーズケーキは濃厚で、窓際で松島の絶景を見ながら、至福の時間を過ごすことができました。 

「西行戻しの松公園」で見る松島の夜明け!復興の未来に向けて

松島町も地震や津波により、遊覧船をはじめ、店舗・施設など被害をこうむりましたが、松島湾の島々に助けられ、奇跡的に壊滅を免れることができたとのことです。海岸沿いでは、より安全な整備に向けて、たゆまない再生が続いていました。

東北の震災復興のためには、松島がいち早く復旧し、観光客や復興支援の人々の受け皿とならなければならないとの想いが松島の人々にはります。松島町民、漁業者、農業者、観光事業者のその使命感が、早期の復興につながっているように思います。

早朝、松島の海から昇る朝日を見たくなり、「西行戻しの松公園」を訪ねました。公園につくと、既に多くの観光客、地元の方々が、東の空を眺めています。

日の出の時間、東の空には、まだ雲が残っていましたが、雲の上から出た日の光が白木蓮、桜、そして松島の海を照らしていました。その場にいた誰もが、様々な思いを内に秘め、忘れることのできない輝きを共有しました。

松島の希望の桜とともに蘇る「国宝 瑞巌寺」

宮城県の景勝地である松島は、松尾芭蕉も息をのむほどの美しさもさることながら、霊場としての厳かさも感じられる場所です。

「国宝 瑞巌寺」に向かう参道では、東日本大震災の津波が来襲し、その修復が行われていました。震災時の津波による塩害で杉並木が甚大な被害を受け、杉が300本も枯れ伐採されていました。参道とその周囲の再建に向けて、たゆまない努力が続けられています。 

瑞巌寺は、1609年に伊達政宗によって建造された、桃山時代の真髄を表している荘厳な建物です。2008年より始まった「平成の大修理」は、昨年2017年11月をもって工事が終了し、2018年3月をもって完了、6月24日に落慶法要を迎えます。

伊達政宗が持ち帰ったという臥竜梅は、見事に紅白の花を咲かせていました。

警備されている方から、瑞巌寺の本堂裏にある枝垂れ桜がすばらしいですよとお話しをいただき、正面の裏手に廻ると、すき通る青空の中、桜が満開の花を咲かせていました。まるで「平成の大修理」の完了を祝うかごとく壮麗な美しさでした。

松島の「円通院」永遠の時を刻む石庭と洞窟群

正保4(1647)年に伊達政宗の孫・光宗の霊廟として開山した「円通院」の前にもすばらしい枝垂れ桜が、日に照らされていました。

茅葺屋根の山門をくぐり、「縁結び観音」を後にすると現れるのが麗しい石庭です。

この石庭は松島湾を表現した「天の庭」と人生を表現した「地の庭」で構成されています。

本堂の前の立派な庭園は、「遠州の庭」といい、江戸時代の代表的な作庭家・小堀遠州が手掛けたものといわれています。

心字の池が配され、カエデの木々が彩る庭園に、若草色の竹林が青空に映えます。秋が深まると庭は真っ赤に染まり、美しさは倍増するでしょう。緑あふれる季節、雪が降り積もる季節もそれぞれ趣があり、四季の移り変わりを肌で感じることができます。

円通院の奥には、伊達光宗を祀る「三慧殿」があり、光宗の父・忠宗(二代仙台藩主)が、息子の死を悼み建立したものです。

霊屋建築としては宮城県最古といわれ、国の重要文化財に指定されています。三慧殿がところどころ新緑の苔に囲まれ、まぶしい光に反射し神々しく輝いていました。

約700年前の洞窟群は、大きな変化を遂げていく廻りの世界とは別世界の如く、幽玄の時を静けさの中で刻んでいました。

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