連獅子の中村勘九郎さん

奈良の東大寺を舞台に、中村七之助さんの「藤娘」の後に、中村勘九郎さんが「連獅子」を披露しました。その豪快な毛振りは、今は亡き勘三郎さんを思い出すような豪快な毛振りでした。

記憶に残る中村屋親子の連獅子

歌舞伎といえば「連獅子」。

そうイメージする方も多いのではないでしょうか。

数多くの歌舞伎の名優が演じてきた連獅子の迫力に、多くの歌舞伎ファンが唸り、歓声をあげてきました。

その中で、私のみならず、多くの人の記憶に印象深く残っているのが、中村屋親子の「三人連獅子」でしょう。

通常、親獅子、仔獅子の二人で舞うところ、今は亡き勘三郎さんが親獅子、勘九郎さん、七之助さんの二人が仔獅子として三人で舞うという豪華な舞踊でした。

2010年の横浜で行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)でも、参加する21人の首脳の前での親子での「連獅子」が披露されました。

三人がまるで競うように、頭につけた長い獅子の毛を振り回す姿は豪快で、歌舞伎ファンの話題をさらい、その姿は今も眉の動きや息遣いの一つ一つ心に残っています。

「連獅子」世界遺産東大寺を舞台に

「東大寺世界遺産登録20周年記念 中村勘九郎 中村七之助 東大寺歌舞伎」にて仔獅子で舞っていた勘九郎さんが、東大寺の地で、親獅子となり、中村虎之介さんが、仔獅子を演じました。

東大寺の「連獅子」の舞台は、背景を置かずに、戸を開けた大仏殿を配し用意されました。連獅子は天竺を舞台に、親獅子がわが子を谷底に落とし、這い上がってきた強い子だけを育てるという伝説を再現したものです。

深い谷底の水面に映る仔獅子の無事を確認した親獅子の気づきが、感動を呼ぶ瞬間です。

勘九郎さんの仔獅子を演じていたその面は、仔獅子が谷から駆け上がってくるのを迎えた頼もしい父親の表情と変わり、勘三郎さんの表情が脳裏に蘇りました。

優しい眼差しと慈愛に満ちた笑みをまっすぐに虎之介さん演じる仔獅子に向けています。

凛とした表情、きれのある動き、所作板を踏む力強い音、指の先々まで神経の行き届いた美しい手の表情。

その所作や肉体が、勘九郎さんの弛まない努力と中村屋の伝統を雄弁に語ります。

親獅子が仔獅子を蹴落とす件のタイミングで、午後八時を知らせる梵鐘がまるで図ったかのように鳴り響き、そして梵鐘の音は仔獅子が谷底から這い上がるまで続くという、この場所ならではの奇跡に出遭いました。

間狂言(あいきょうげん)は、法華宗と浄土宗の僧がそれぞれの宗旨争いをするうちに、混乱してうっかり間違える「宗論(しゅうろん)」です。

片岡亀蔵さんの勢いのある通る声と、中村小三郎さんの柔らかくも一歩も引かない頑固なやりとりに場が和みます。

これぞ、中村屋の豪快な毛振り!

照明が落とされ、見守る大仏様が浮かび上がり、風の音、木々のざわめき、鈴虫が鳴き、静かに笛の音が響きます。

それらすべての音を呑み込み、静寂が支配する部隊に、親獅子と仔獅子が登場します。

クライマックスとなる勇壮な毛振りです。

観客は息を呑み、全視線が舞台に集中します。

獅子の精となって二人が揚幕とは別の、舞台奥に設けられた橋懸りのようなところから登場したかと思うと、すごい速さで後ろ向きに立ち去ります。

虎之介さんが親獅子の勘九郎さんの動きに、必死にくらいついていきます。

勘九郎さんの体はバネのように柔軟で、体幹がブレを見せることなく、豪快に続く毛振りは、見るものを圧倒していきます。

まるでその描く弧に巻き込まれるように、観客の熱もあがっていきます。

親獅子の勘九郎さんの足拍子の合図で、正面を向き、静かに毛を整えます。

その軌跡ともいえる壮大な光景を目にした観客から、鳴りやまない拍手が、東大寺に響きました。

受け継いだ亡き父勘三郎さんの魂

勘九郎さんが、観客にお辞儀をした後、後ろの大仏様に深く頭を下げ、手を合わせていました。

その時、勘九郎さんの脳裏に浮かんでいたのは、父勘三郎さんでしょうか。

早すぎる別れに言葉を失った平成24(2012)年12月5日から、はや6年になります。

この秋、歌舞伎座、平成中村座(東京 浅草寺境内)、2つの劇場で2カ月連続の十八世中村勘三郎追善の公演にあります。

勘九郎さんは、あるインタビュー記事で、「あまりにも早く逝ってしまった父を思うと、悔しさ、悲しみがまだまだあります」と率直な思いを吐露していました。

平成中村座をはじめ、納涼歌舞伎やコクーン歌舞伎などをつくり上げてきた十八世勘三郎さんを引き継いで来た勘九郎さんは、「舞台に集中するだけではなく、興行はじめいろいろなことに目と気を配らないといけないなか、胸に、心に、魂に残る芝居をし続けていた父の精神力、芝居を愛する心。あらためて尊敬しています」としみじみ語っています。

自分もそういう輝く存在、発信する存在にならなければと。

東大寺歌舞伎の親獅子の眼差しに、自分のことばかりではなく中村屋も周りのすべても背負い、改めて中村屋を守り続ける強い覚悟を見たような気がしました。

中秋の待ち宵月が、やさしく、穏やかに、勘九郎さんを見守るように照らしていました。

歌舞伎は面白い!

それを伝える使命は、確実に中村勘九郎さんに受け継がれていました。

※ 当記事はTheNewsへ提供した記事を著者が再編集し書き下ろしたものです。

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